部員日誌 新4年 小原利樹 批判的思考
今年もやってまいりました。部員日誌の時間です。例年まともなことを書いていない身として今年は何を書いてやろうかと意気込んでおります。毎年白けているにも関わらず奇を衒ったことを書いている鋼のメンタルを褒めて欲しいものです。
さて、昨今ではロシアのウクライナ侵攻が話題となっております。これはもちろん許されざる行為であることが明白ですが、どうやらロシア国内ではそうではないらしいです。ロシア国内においては厳しい言論統制とプロパガンダが行われており、この侵略戦争が正当なものであるということを国民に信じ込ませようとしています。実際SNSをやっておらずテレビしか見ないような世代においてはこの思想を信じて疑わない人もいるようです。国をあげた一種の洗脳ですね。
ところで私も、恥ずかしい話ながら、洗脳を経験したことがあります。いわゆる摂理という宗教団体の宗教勧誘に引っかかってしまい、一時期本気で彼らの言うことを信じ込んでしまっていたのです。その中でも「一度神を信じた者が宗教団体から抜けると一番ひどい地獄に落ちる」という考えが一番強烈で、この考えがしばらく抜けず、「本当に抜けてしまって大丈夫なのか」「地獄に落ちないだろうか」とビクビクしていたものです。もちろん今ではこの考えからは完全に脱却しています。
洗脳を経験した身から言わせていただくと、一度洗脳にかかってしまうと簡単には抜け出せません。私はふとした違和感から文献を調べることで自分を客観視して抜け出すことができましたが、その信者の方々は教義やその宗教団体を完全に信じ込んでいるようでした。
それではそもそも洗脳にかからない方法とは一体何なのでしょうか。
それは批判的思考であると私は考えます。
ロシアの話においては政府やメディアの言うことを鵜呑みにせず、信じるに足る情報なのかということを自分で調べてよく考えること。宗教勧誘においては、自分が置かれている状況がどういうものなのか客観視して、初めの時点から調べることが必要だったのではないかと考えます。
ハンドボールの話をしましょう。監督やコーチ、先輩の言っていることは果たして全て正しいのでしょうか?いわゆるハンドボールの「常識」とされていることは正しいことなのでしょうか?
上の者が言うことを疑わず、信じるばかりでは、それが間違っている場合にその間違いに気づくことができません。また、「常識」を疑うことも重要です。日本では相手が退場して5人の時には上から打つことは「非常識」であり、ブレイクやサイドシュート、ポストシュートまで持っていくことが「常識」とされています。しかしヨーロッパではDFラインが低ければガンガン打ち込むし、それを「非常識」と咎める人もいないらしいです。上から打たないことによってDFにガン引きされて誤魔化されたとしても「常識」ですからそれが間違っていることに気づけない場合もあるのです。まずは教わったことや「常識」を疑うことが重要なのではないでしょうか。
東大ハンドボール部にはこうした批判的思考を訓練する環境が整っていると私は考えています。他のチームとは異なり、コーチは学生コーチであり、必ずしも絶対的な存在ではなく、毎練習で各部員が発言する時間が設けられており、組織内の風通しも良好であると考えられます。こうした環境の中で後輩は先輩やコーチの言うことを鵜呑みにせず、批判的に考えて、発言・行動することが可能であるし、幹部としてもそうした後輩が出てくることを期待しています。
駄作
小原利樹